感情以上説得未満

研究の紹介

感情以上説得未満

非人間化レトリックを例として自然言語の表出性を検討する

「このブタが!」のような罵りは、話し手の感情が噴き出しているだけで中身はない—— 私たちはそう考えがちだが、そこには社会的序列という構造的情報が 書き込まれている。(Claudeによる紹介文)

和泉悠
『哲學』第77号、日本哲学会、2026年4月、10–23頁。

序論「感情的」ということばの使われ方

感情と理性を対比的にとらえる発想は、私たちの言語にも及んでいます。感情的な言語と理性的な言語があり、両者は相反する。この通念がどれほど強固かは、コーパスを見るとわかります。

一億語を超える『現代日本語書き言葉均衡コーパス』から「感情」の用例を集めると(国立国語研究所 2025)、そこに現われるのは感情を制御すべきものとして描く用法です。理性で行動する人は周囲から頼りにされ、感情的な選択をとる指導者は核戦争を引き起こしやすくなる、といった具合です。

「感情的」が修飾する語句を並べると、傾向はさらにはっきりします。

感情的な話
〜発言 〜ことば 〜議論 〜非難 〜否定 〜声
感情的対立
〜争い 〜反応 〜反発 〜対応 〜問題
感情的な行動
〜態度 〜しこり 〜もつれ 〜すれ違い
感情的な人
〜人間 〜上司
感情的になる
〜しかる 〜にこじれる 〜怒り/言葉をぶつける 〜理解できる/仕方がない

BCCWJ より列挙。いずれも否定的なニュアンスをともなう。

「地理的」が単に「地理にかかわる」を意味するように、「感情的」が単に「感情にかかわる」を意味する中立的な使用は、きわめて少ないように思われます。

「感情的な人」がトートロジーにならない点も示唆的です。人間である限り心的感情が存在するのは自明ですから、「心臓を持つ哺乳類」と同じくらい空虚な表現になってもよいはずです。しかしそうはならない。感情的であることが、何らかの意味で望ましくない人物の特徴とされているからです。

ここから通念が見えてきます。感情的な言語には中身がない、という通念です。本稿の問いは、その覆いを取り去ったとき、感情的言語には何が残るのか、というものです。

答えは、少なくとも一部の感情的言語は、命題の明示的な提示や主張行為とは異なる仕方で、命題が含むような構造的情報を表現している、というものです。

分析罵りは「いいえ」で否定できない

焦点を当てるのは、標的を非ヒト生物になぞらえる非人間化のレトリックです。

非人間化のレトリック

You swine/snake/vermin/cockroach!
「このブタ/ヘビ/害虫(害獣)/ゴキブリが!」

ナチス・ドイツの反ユダヤ主義プロパガンダ紙は、ユダヤ人をネズミとして描き、見出しに Ungeziefer(害虫・害獣)の文字を掲げた。ルワンダのジェノサイドに先行して使われたのは inyenzi(ゴキブリ)である(Tirrell 2012)

分析の道具になるのは、スタルネイカーの共有基盤の理論、とくにマリーとスターによる定式化です(Murray and Starr 2018)。平叙文による主張は、共有基盤への提案として働きます。聞き手が受け入れて初めて、可能性の削除が行われる。つまり交渉の余地があります。

これに対し、交渉の余地を持たない更新の仕方があります。代表例が証拠性表現(evidential)です。「ハナは家にいるらしい」に「いや、違う」と応じても、否定できるのは「ハナは家にいる」の部分だけで、伝聞で把握したという情報のほうは、すでに書き込まれています(Murray 2014)。

二つのアップデート

交渉あり──主張「ハナは家にいる」

w1w2w3w4 提案 w1w2w3w4 「はい」 w1w2

削除は提案にとどまり、聞き手の受諾を経て確定する。「いや、違う」と拒否もできる

交渉欠如──証拠性表現・待遇表現・罵倒

w1w2w3w4 即書き込み w1w3

提案の段階が省かれ、情報が共有基盤に即座に書き込まれる

原論文の図2・図3(Murray and Starr 2018 にもとづく)を簡略化。w は会話の出発点で開かれている可能性(可能世界)を表わす

下の型かどうかは、否定応答で診断できます。待遇表現で試してみます。

和泉さんが来られた。

○

いいえ、違います。和泉さんではなく小泉さんが来られました。

×

いいえ、違います。確かに和泉は来ましたが、和泉はあなたよりだいぶ年少なのでそんな言い方しなくていいですよ。

人物についての命題は否定できるが、待遇の部分だけを否定しようとすると支離滅裂になる

罵倒の構文も、まったく同じ性質を示します。

てめえ、このバカ!

×

いいえ、違います。この模試の成績を見てください。

×

私はそう思いません。この模試の成績を見てください。

どちらもナンセンスに響く。「はい」「いいえ」で交渉する余地が与えられていない

罵倒の構文が使われたということは、話し手が聞き手に対して尊大な態度を取っており、そのような態度が許される立場にあることが含意されます。その点について交渉する手段はありません。対抗するには、「なんだと? この野郎!」「そんな話し方やめてください」などとと発言自体を主題化するしかないのです。

提案書き込まれているのは序列

では、何が書き込まれるのでしょうか。ポートナーらは、韓国朝鮮語文末表現を分析するにあたり、話し手と聞き手の社会的関係性を反映する参加者構造という道具立てを提案しています(Portner et al. 2019, 2022)。会話の参加者それぞれに、一位、二位、三位と順位が与えられます。日本語の「です」「ます」に近い韓国朝鮮語の「ヨ」は、話し手を二位、聞き手を一位か二位に調整する機能を果たします。私の提案では、「この○○!」という表現は、その標的を参加者構造の最下位に置きます(Izumi 2026)。

「てめえ、このバカ!」が行なうこと

発話前

1位
2位
3位
4位

話し手S・聞き手Aの位置は、会話ごとにさまざまでありうる

→

発話後

1位
2位
3位
4位A聞き手=最下位

Aの序列だけが、交渉の余地なく確定する

原論文の図5(Izumi 2026 にもとづく)を簡略化。原図では話し手Sとその他の関連人物P1・P2も序列に含まれる

非ヒト生物の名前を使うことには、さらに別の効果があります。単純に考えれば、「ヘビ」は知覚的なイメージや否定的な情動を喚起するのだ、と言いたくなります。しかし喚起されるイメージには大きな個人差があります。日々愛情を持って爬虫類を飼育する人々に対しても、「ヘビ」を用いて侮辱することはできてしまう。連想だけでは説明がつきません。

本稿の提案は、概念空間意味論(Gärdenfors 2000, 2014)の枠組みを用いるものです。名詞の意味は複数のドメインからなる幾何学的空間としてモデル化されます。「犬」であれば、色や形状や毛並みだけでなく、生態的・社会的特徴を表すドメインも含まれる。ここに、存在の序列とでも呼べる次元が含まれている、というのが提案の骨子です。

存在の序列(仮説)

ヒト1.0
チンパンジー0.9
ネコ0.7
ヘビ0.1
「このヘビが!」
と罵る

神や天使を上位に、人間以外の生物を下位に置く関係性。ヒト以外の生物が個別の能力でヒトをはるかに凌駕していても、人間が上位に置かれるようにとらえた序列である(和泉 2023, 第6章)。

「上」を優れたもの、「下」を劣ったものとするメタファーは、言語に深く組み込まれています(Lakoff and Johnson 1980)。日本語でも「上司」と「部下」、「下請け」に命令を「下す」、「上品」な「上流」の人々が「下々」を「見下す」といった具合です。

さらに、屈辱の含意を持つ語には、どの言語でも下向きの空間的方向性が見つかります(Lindner 2006)。ノルウェー語の ned-verdigelse、ドイツ語の Er-niedrig-ung、フランス語の a-baisse-ment。ned、niedrig、bas という音節はすべて「下へ」「低い」を意味します。

「ヘビ」になぞらえることは、標的をその低い位置に置くことです。話し手は「ヒト」ですから、相対的にはるかに上位に立ち、標的は劣位におとしめられます。

結論なぜ抑圧的なのか

以上をまとめると、非人間化のレトリックは次の内容を含んだ交渉欠如型のアップデートを行なっていることになります。

    非人間化アップデート

  • 聞き手の参加者構造中の序列が相対的に著しく低い(最下位である)
  • 聞き手の存在の序列が相対的に著しく低い(その生物種と同等である)
  • その他のメタ的含意。そのようなレトリック使用が一般的に許容される、話し手は他の序列依存的言語行為(命令など)を行える

aは会話の中での序列、bは概念空間の中での序列です。第三節で見た二つの図が、それぞれに対応します。三つめのcは、ヘイトスピーチに「だまれ」「出ていけ」といった命令表現が頻繁に共起する点と関連します。罵る権力があるということは、命令し排除する権力があることを示唆し、その逆もまた成立します。

ここで重要なのは、この意味内容が話し手の心的状態とは無関係だという点です。冷静に熟慮を重ね、一言一句リハーサルを繰り返して非人間化のレトリックを組み上げる演説家を想像することは容易です。ナチス・ドイツの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスによる一部のレトリックは、まさにそれに当たるでしょう。

被害者の側から見ると、交渉欠如型であることが重い意味を持ちます。共有基盤にはすでに低い序列が書き込まれている。取れる選択肢は限られます。受け入れてそれに合わせた振る舞いを続けるか、拒絶を試みるか。しかし使用者はマジョリティの権力者である場合が多く、反論は攻撃や処罰を誘発しかねません。どちらの選択肢も被害者に負荷を与えます。

同じ論点は、フライによる「抑圧」の分析にも見られます(Frye 1983)。被抑圧者は選択肢がごくわずかに削減され、そのどれを選んでも処罰や非難にさらされる。笑顔でほがらかにふるまえば従順さと状況への黙従を示すことになり、そうしなければ意地が悪い、敵意がある、危険であるとみなされる。二重拘束です。

「単なる」感情的発言などおそらく存在しません。その一部は、社会的序列の認識に大きな影響を与えるのです。

出典・参考文献

紹介した論文
和泉悠「感情以上説得未満──非人間化レトリックを例として自然言語の表出性を検討する」『哲學』第77号、日本哲学会、2026年4月、10–23頁。日本哲学会シンポジウム「感情はどのように哲学的に論じられるか」の提題論文。用例および図版はすべて原論文に掲げられているもの。

  • Frye, M. (1983). Oppression. In The Politics of Reality: Essays in Feminist Theory, 1–16. Crossing Press.
  • Gärdenfors, P. (2000). Conceptual Spaces: The Geometry of Thought. MIT Press./同 (2014). The Geometry of Meaning. MIT Press.
  • Izumi, Y. (2026). A semantic specification of Japanese Expressive Small Clauses. In Proceedings of the 32nd Japanese and Korean Linguistics, 163–172.
  • 和泉悠(2023)『悪口ってなんだろう』筑摩書房.
  • Lakoff, G. and Johnson, M. (1980). Metaphors We Live By. University of Chicago Press.
  • Lindner, E. (2006). Making Enemies: Humiliation and International Conflict. Praeger Security International.
  • Murray, S. E. (2014). Varieties of update. Semantics and Pragmatics, 7(2), 1–53.
  • Murray, S. E. and Starr, W. B. (2018). Force and conversational states. In Fogal, D. et al. (eds.), New Work on Speech Acts, 202–236. Oxford University Press.
  • Portner, P., Pak, M., and Zanuttini, R. (2019). The speaker-addressee relation at the syntax-semantics interface. Language, 95(1), 1–36./同 (2022). Dimensions of honorific meaning in Korean speech style particles. Glossa, 7(1).
  • Smith, D. L. (2021). Making Monsters: The Uncanny Power of Dehumanization. Harvard University Press.
  • Tirrell, L. (2012). Genocidal Language Games. In Maitra, I. and McGowan, M. K. (eds.), Speech and Harm, 174–221. Oxford University Press.
  • 国立国語研究所(2025)『現代日本語書き言葉均衡コーパス』バージョン2021.03.
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